#09 憎き伝統と生け贄

「さてと」

廊下で立ち話というのも落ち着かない。
部屋の中へ姉妹を招き入れ、ソファへ掛けるように促した。
しかし、二人は立ったままで座ろうとしない。
その様子に心の中で溜息を吐いて、仕方なく自分だけ席に着く。
この二人の警戒を早く解いてしまいたい。
一緒に暮らすのなら尚更。

「これから宜しくね」

彼女達の不安を解してやろうと、努めて明るい声で同意を求めたのだが…

「リリー様。何かご要望はございますか?何なりとお申し付けください」

その思いは、行き着く先を見つけられず地に落ちた。

発言したのはフレア。
私が彼女を見上げても此方を見ようとはせず、目を伏せて静かに私の返事を待っている。
そんな彼女の機械的で感情を感じさせない口調に、私は引っかかりを覚えた。
と言うのも最初に見た時から、今は緊張しているだけで、きっともっと柔らかく笑う人なのだろうな、と思っていたからなのだけれど…勘違いだったのだろうか。
この様子では、私達の関係が確かなものになるには先が長くなりそうだ。

「要望?」

要望と言われても、私も今ここに来たばかりでこの城の事を良く分かってないし、荷物は自分で片付けられる量だから問題ないし、まだご飯を食べる時間には早いし…あれ?女帝って何しなきゃいけないんだっけ?

「今のところは何も無いわ。取り敢えず座ってよ。お茶淹れるから」

よっこらしょと母親譲りの掛け声を発し、見るからに高級そうなソファから立ち上がる。
すると、姉妹は揃って狐に摘まれたような表情で私を見て、間の抜けた声をあげた。

「…何?」
「あ…いえ…まさかお茶を淹れて頂けるとは思ってもみなくて…」
「…そんなに料理出来なさそうに見える?」
「いえ、そうではなくて…普通なら召使いである私達がリリー様にお茶をお出ししなければならないので」
「あぁ、そんなの良いって。召使だなんて堅苦しいし…これから一緒にここに住むんだからもう家族みたいなものでしょう?」

それに誰かの上に立つ程私は出来た魔女じゃない。
半人前の魔女が一人前みたいな事をするなど、おこがましくて恥ずべき行為だ。

「家族か…うん…そうね…それが良いわ。さっきの事なんだけど、家族として私の駄目な所をフォローして欲しい。仲良くここで一緒に暮らして欲しい。それが私の貴女達に対する要望…って事でどうかしら?」


*****

リリー様が鼻歌交じりに台所へと向かわれた。
その姿はまるで、童話に出てくるお菓子の家に住む魔女の様で気味が悪い。
私達を油断させて警戒を解いた頃に何か仕掛けてくるつもりか。

リリー様がこの城に着いたのはつい先程の事。
台所の勝手もまだ分かっていないに違いない。
暫くここには戻って来ない筈。
魔女の姿が完全に台所へと消えて行ったのを確認して、妹を近くに呼びつける。
大きな声を出して此方の話を聞かれてしまうのを避ける為だ。

「こんなの聴いてないよお姉ちゃん!」
「ええ。大おじい様から聴いていた魔女の様子とはとてもかけ離れているわね」
「最初に握手を求められた時点ですっごい怖かったんだからね?!泣きそうだったんだから!」
「どうして泣く必要があるのよ…」
「手を握られた瞬間殺されたらって考えたらそりゃそうなるでしょ!」
「あの時リリー様は魔法紋を出していらっしゃらなかったわ」
「でも魔女だよ?魔女なら私達に分かんない様に魔法紋出して何か酷い事してても全然おかしくないじゃん!」
「まぁ、それもそうだけど…」
「うわあああどうしよう…握手した時さ…怖過ぎて手汗凄くってさぁ…バレてないかなぁ」
「それは大丈夫だと思うけど…大おじい様が最初にリリー様と握手された時、大おじい様は堂々としていらしたわ。私たちも同じ様に堂々としていればちゃんと生きて帰れるわよ」
「気は抜けないね」
「それにしてもお茶を淹れてくださるなんてねぇ」
「そうそう!どういう事?!私達を試してるの?お茶に毒淹れるとか?」
「毒なんて常に持ち歩いてないでしょう?それにリリー様は毒魔法の使い手では無かった筈よ」
「そんなの魔女ならどうにかしちゃうよ!うわあああどうしよう!死んじゃう!」
「こらっ!そんなに大きな声で取り乱すんじゃありません」
「…兎に角。リリー様が女帝の座を降りれば、私達の役目は終わって故郷で平和に暮らせるんだよね?」
「その代わり、次の女帝の為に別の娘が生け贄になりますけれどね」
「…それでも…自分の身が一番可愛いよ……」

マリエッタの言う事に全く賛成出来ない訳ではない。
私達がリリー様の失脚を密かに狙って役目を終えたとして、次の女帝に仕えなければならない娘が…生け贄が新たに用意されるだけだ。
自分の身の安全を得る代わりに恨みを買う事は恐らく間違いないだろう。

「魔狼族って…どうして関わりたくもない魔女に嫌々仕えなきゃならないんだろうね」
「マリエッタ…」
「歴史なんて…伝統なんて…私には関係ないよ」

遣る瀬なく握り拳を震わせる妹に掛ける言葉が、今の私には思い浮かばなくて、そっと背中を撫でてやる事しか出来なかった。



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