#07 女帝とは

「ところで、女帝って何をするの?」
「…何も知らないで魔闘に参加してたのか。ルーズなところはボスにそっくりだな」
「貴方に言われたかないわよ」

マルバは、愉快そうに軽く笑って魔女皇帝としての役目を説明し始める。

「まずは”魔界の掟”としての役割だ。知っていると思うが、魔界にはたった一つ守らなければならない掟がある」

魔女皇帝こそ法律
全ての物事これに従うべし

「つまり、リリーは魔界のあらゆる問題に対する絶対の決定権を持つ事になる。基本的には従者や議会が文書で問題を提示してくるが、あまり固定観念を持たず柔軟な発想で且つ平和的な解決が必要だということを覚えておいて欲しい。まあ、そんなに身構えなくても何か分からないことがあれば僕に訊きに来れば良いさ」
「でも、反対意見はどんな事にも付いてくるでしょ?そんなんでよく今まで反乱が起こらなかったわよね」
「反乱を起こす程不満を持ってる奴が少ないってだけだ。無い訳じゃないさ。頻繁に反乱を起こすのは魔力を持たぬ”俗界”の奴らくらいだよ」
「俗界では反乱が?」
「俗界の奴らは魔法が使えない分問題解決の手段が少ないし、更に”国”とかいう細かい区切りをしてるからいざこざが起こりやすい。加えて、個々の身や欲を守るために色んな制約で雁字搦めになってるから余計に問題を解決に導くのが難しくなっているんだ」
「なるほど」
「それに比べて魔界は放任主義だから、小さい事なら逐一女帝に報告しなくてもいいし、大抵の事は問題の当事者個人に任せる事になっている」
「じゃぁ、結局魔界には何の問題もないって事?」
「いや?問題はあるさ。ただ、魔女皇帝の元に持ち込まれる問題のほとんどが外界がらみの話ってだけで。こればかりは、個人がどうこう出来る問題じゃないからな」
「外界…」
「もっと詳しく言うと、魔界の外に出る許可を出して欲しいというものだ。魔界人は魔界の外に出る事を歴代の女帝によって禁止されてるんでな」
「それは戦争が起こるから?」
「ああ。魔女狩り事件の特殊性から犯人は神だと考えている魔女が大勢居てね。神界を打倒しようと目論む一派がいるんだ」

魔女狩り事件。
今から少し昔にあった魔界最大の不可解な事件だ。
多くの魔女が犠牲になった。
哀れな犠牲者たちは或る朝、まるで慈悲深い何者かに施しを受けたかの様に、丁寧に海岸線に並べられていたという。
それは異様な光景であったが驚くべきはそれだけでは無い。
その全てに外傷が見られなかったのだ。
こんな事が出来るのは神をおいて他にはいない。
いつしかそんな風潮が魔界を支配し、多くの魔女の心が穢れてしまった。

「マルバも神の仕業だと思ってるの?」
「…ボスは何て?」
「母さんは、”証拠もないのに人を疑う事などあってはならない”って」
「ボスは研究者向きだな」
「じゃあ、マルバも…」
「僕はちゃんと実証されている事しか事実だと認めない。研究者だからな」

私も彼と同意見だし、彼の言動を指摘する箇所もない。
しかし、誇らしげにしている彼に水を差すようで悪いが…

「格好付けるのはいいから、前見て運転してくれる?」

おっと失礼、と呟いて彼の体勢が戻るのを確認した後、何故か沈黙が続いた。

「で?」
「ん?」
「女帝の仕事はそれだけじゃないんでしょ?」
「ああ…もうひとつはあれだ。道場破りの相手だな」
「何それ?」
「魔女皇帝がどういうルールで入れ替わってるか知ってるか?」
「女帝が死んだ時でしょ?」
「じゃあ、何で死ぬんだ?」
「そりゃあ、病気とか事故とか…」
「…それだけか?」
「え?まだあるの?」
「あるも何も…そのほとんどは殺されて死ぬんだよ」
「どうして?」
「女帝がその座を明け渡す時。それは女帝が死んだ時だ。そして、その時代の女帝に不満を持つ者はその時代に必ず居る。じゃあ、その不満を持つ者が女帝を王座から引きずり降ろすにはどうすれば良い?殺すだろう?」
「そんな…」
「ちなみに、病死や事故死の時は無条件に魔闘が開かれて次の女帝が決定されるが、暗殺や戦死の場合は”女帝を殺した者が次の女帝になる”のか”魔闘を開く”のかを投票で決める。まあ、今まで投票で魔闘にならなかった事なんてないがな」

そんな…じゃあ、これから私は…

「これから私はいつ殺されるかも分からない状況で生きていかなきゃいけないの?」
「そう言う事だ。それが、女帝としての役割…というより、女帝のみが負うハンデみたいなものだな。暗殺しにくる者もいれば、正々堂々と勝負を挑んでくる者もいる」
「私の前の女帝は…どんな最期だったの?」
「リリーの前は…」

そこでマルバが言葉を詰まらせた。
不思議に思って表情を伺うが、そこからは何も読み取れない。

「マルバ?」
「リリーの前の女帝は…暗殺だったよ」

マルバは元々単調な話し方をする男だが、今の言葉には強い感情が含まれている様な気がした。
まるで何かに怒っているような…

「そう…」
「…僕の祖母だった」

「リリーの前の女帝は、僕の祖母だったんだ」



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