#03 赤vs白

”ヨトゥンへイム”
別名、魔界。
その首都”ウトガルド”の真ん中にあり、この魔界を治める王が住む古城”ヴィーンゴールヴ”
…の近くにある、大きなドーム状の建物の中。
赤い絨毯の敷かれた長い廊下を、三人の女が颯爽と歩いていた。

「いよいよ決勝戦ですねっ!ローズ様っ!!」
「ローズ様の手に掛かれば、あっという間に終わって皆さんガッカリしちゃいますよぅ!」

脇を固める二人の茶髪少女は、同じ様に鼻息を荒くして目を輝かせている。
この二人。とてもよく似ていてまるで双子のようだが、実際にはただの幼なじみである。
しかし、そう見えてしまうのも無理はない。
現在魔界で流行っている化粧の技術やコーディネートを持ってすれば、みーんな同じ様な感じになるのだから。
それじゃ個性がない?良いんです可愛ければ!
おかげで、ご老人達が自分の孫がどれか分からなくて困ったなんてニュースもあったけど、そんなの可愛くなりたい女の子には関係のない話なのだ。

「相手の方に失礼ですわよ」

そうピシャリと言い放つのは血色の髪の女。
両側に取り巻く茶髪の少女達よりも幾分年が上だが、それでもまだ成人するには至らない若者である。

彼女の名はローズ・エグラテリア。
魔界では、その美貌と地位によってそれなりに名の知れた存在である。
彼女もまた取り巻きと”ほぼ”同じような身なりに仕上げているが、実はそれも彼女が広めたものであるというのは魔界の若者の間では周知のことで、皆が同じ様なファッションを楽しんでいても、それに埋もれないだけの十分なカリスマ性を持っていた。
実はこのお方、魔界のメディアに引っ張りだこの売れっ子タレントだったりするのだ。
”莫大な財産を持ち、様々な業界にコネを持つ親のおかげ”などと囁かれる事もあるが、それをも撥ね除けるだけの才能が確かに彼女にはある。
こうしてこの”場”に立っていられる事が、そもそもその才能の証明となっているのだ。

「ごめんなさい。ローズ様。でも!次の女帝は絶対にローズ様に違いありませんわっ!」

ローズの向かって左側を歩く少女の名前は「キャンティ」。
興奮すると語尾がスタッカート気味になるのが特徴である。

「ローズ様とこうやって、歩けるなんて…世間の女の子が見たら嫉妬されちゃいますぅ」

右側の少女は「プリム」。
キャンティと違い、性格は比較的おっとりしている方で、語尾もだらしなく伸ばされている事が多い。

「あら、”女帝と”、との間違いでなくて?」
「いいえぇ?とんでもありませんよぅ。ローズ様は誰もが羨む偉大な魔女ですからぁ…お美しい上に魔力も強いんですものぉ。素敵ですわぁ」
「ローズ様は、女帝になったらまず何をするんですか?」
「そうねぇ…やっぱり…神界との全面戦争…かしら?」
「神々の首を刎ねるんですねっ!」
「楽しみですぅ」
「神々が悲鳴を上げて命乞いをする姿を早くこの目で見てみたいわ…」

ローズは周りを囲むように黒々とアイライナーを塗りこんだ目を細め、自分と同じ様に化粧を施した少女の歓喜に沸く姿を愛おしそうに見つめた。

やがて大きな黒い扉の前までやってくると「さぁ、ここで一旦お別れですわね」と、ローズは左手を腰に当て少女達と向かい合う。

「頑張ってくださいねっ!」
「ええ。ちゃんと見ておいて頂戴」
「もちろんですっ!ローズ様の華麗な魔法、目を離すなんて事ありえませんわっ!」

最後にローズは妖艶な笑みを浮かべると、扉の向こうへと消えて行った。



一方。
ローズ達がいたのとは反対側にある、白い扉の前。

「リリー。分かっているね?」

スーツ姿の中年の男が、黒髪の女に問う。

「はい。必ず勝ちます」

女の声に生気は無い。

「もし、負けたら…君の母親は死刑だ」

男の眼鏡越しの冷たい目が”リリー”と呼ばれた女を捕らえる。
リリーは一呼吸置いて、静かに「はい」と返事をした。

「相手はカナリ手強いという噂だ。さしずめ、相手はあの高飛車なローズお嬢様ってとこだろう。彼女が敗退したと言う話はまだ聞いていないからね。母親の首が飛ぶのも、時間の問題って所かな」

男の挑発的な言葉には無反応でいたリリーだが、 男も彼女の反応を期待していたわけでは無いらしく、古そうな眼鏡を中指で上げると客席に向かうために踵を返して去っていった。

リリーは、メノルカという女を助けるために魔闘に参加することを決意した。
メノルカは現在、死刑囚の身である。
昔の知り合いが脱獄して来たところを匿った事が罪となってしまったのだ。
メノルカはしきりに昔の知り合いだなんて言っていたが、本当のところは昔の恋人だったんじゃないかとリリーは思っている。
大した恋愛経験もないリリーだが、そういう事がないにしても女として元来備わっている僅かばかりの勘が、母親の口調や表情からただならぬ空気を感じ取っていたからだ。

リリーにとってメノルカは師匠であり、母である。
実際に彼女の腹から出てきたわけではないが、本当にリリーを”産み落とした方の母親”がそれから間もなく死んでからずっと、本当の母親のように振舞ってくれたメノルカへの感謝はしてもしきれない。
だからこそ魔闘に参加できるのだ。
本来このような表舞台に立つことも、魔法を使って誰かを傷つけることも好まない性格だが、
彼女に対して常日頃から抱いている恩義を思うと助けようと思わずにはいられなかった。
彼女を救う唯一の手段。
それが、この魔闘に勝って、魔女皇帝になる事。

目の前の扉が開いた。
始まる。
命がけの魔界の王座を巡る闘いが今、始まる。

*****

舞台上に本日の主役の一人であるローズが現れたのを確認すると、会場中が歓声で沸いた。

「さぁ、誰だか知らないけど出てらっしゃい。五分で血まみれにしてあげる」

いかにも観客を煽る為に述べられた言葉。
しかし、その言葉が様になってしまうのが彼女である。
おかげで会場中の熱気は最高潮だ。
ローズは先ほども説明した通り、魔界ではそれなりに顔が知れている存在である。
それは類稀なるその美貌においても勿論の事だが、魔女としての力の強さのみで彼女を評価したとしてもトップレベルの才能を持っているからでもある。
故に、観客のローズに対する期待は大きい。

「残念だけど、私もそう簡単に負ける訳にはいかないの」

もう一方の白い入り口から、リリーが現れた。
会場全体がどよめき、「誰だ?」と、彼女の正体を確認しあう声まであちらこちらで聞こえてくる。

「貴女…見ない顔ね」と、ローズ。
「ええ。少し静かな所で暮らしていたから」と、リリー。

ローズは、鼻で笑いながら左の口角を上げて、挑戦的な目をリリーに向ける。

「ワタクシはローズ・エグラテリア。魔界では結構有名人の筈なんだけど…田舎者っぽいし知らないかしら?」

リリーは全く表情を変えない。

「私はリリー・ブランカ。貴女が一生来ない様な森の奥から来たから、貴女の事は全く知らないわ。でも、第一印象は最悪ね」
「お褒めに預かり光栄ですわ」

しつこいようだが、伊達にメディアに取り上げられている訳ではない。
ローズは実際にとても美しいのだ。
妖艶な雰囲気と愛らしい顔で、会場内でも一際光を放っている。
対して、リリーは地味の一言に尽きる容姿。
飾り気の無いその姿は同時に、まるで幽霊のような気持ちの悪い雰囲気をも漂わせていた。

「さぁ。お喋りはこの辺にして、さっさと決着をつけましょうか。リリー」
「いつでもどうぞ」

リリーがそう答えるのと同時にローズの足元に魔法紋が描かれる。

ローズが、「私と同じ時代に生まれたのが運の尽きね」と、一言零した次の瞬間。
彼女の足元にある魔法紋から、鞭のようなものが飛び出した。
それは真っ直ぐリリーに向かって伸びていく。
リリーも足元に魔法紋を描くと魔女ならば誰にでも使える「防御の魔法」を発動し、自分自身を防壁で囲んだ。
ローズが出した鞭…否、薔薇の茎の部分にあたる”荊”はリリーを防壁ごとぐるぐる巻きにして、あっという間に外からリリーが中でどうなっているのか見えないような状態にしてしまった。

「そんな防壁で免れたつもり?」

ローズの足元の魔法紋がポゥっと光を放つ。
するとローズの居る側から順番にリリーの居る方へ、茨生えている棘が客席からも確認できるほどの大きさへと成長していくではないか。
防壁の中にいるリリーからすると、何万本もの大きな針の先端が自分を向いて浮かんでいるように見えている状態だ。

「さすがに、気分悪いわね」

リリーはその状況を確認すると、眉間に皺を寄せて呟いた。

一方、客席では。
キャンティとプリムが大声を張り上げてローズを褒め称えていた。

「出たーっ!ローズ様お得意の「女王蜂の鉄槌」!!ローズ様素敵〜!私、ローズ様が勝つ方にペットのモルモットを賭けるわっ!」と、キャンティ。
「私だってローズ様が勝つ方に賭けるに決まってるでしょぉ?ええっとぉ…私のカメレオンを賭けるぅ」と、プリムも負けじと声を張り上げていると…

「じゃぁ、僕はリリーが勝つ方に命を賭けよう」

突然、男の声がした。
キャンティとプリムが声のした方を振り向くと、そこに座っていたのは真っ黒なスーツを着た眼鏡男。
先程までリリーと話していた男である。

「どうして?あんな女、ローズ様には擦り傷だって付けられないわ」
「命を賭けるってぇ…おじさん確実に死んじゃうよぅ?気軽に命賭けちゃうなんて馬鹿だねぇ」

二人の少女の発言を聞いた男は不気味な微笑を浮かべる。

「さぁ。それは見てみないと分からないんじゃないかな?」

男はそう言うと、意味深にニヤリと歯を見せた。



「守ってばかりじゃワタクシは倒せなくってよ」

ローズが笑う。

「ええ…分かってる」

魔女は一度に一つの魔法しか使えない。
つまりリリーが攻撃するためには防壁を解かなければならないのだ。
しかし防壁を解除すればリリーはたちまち薔薇の棘で串刺しになってしまう。
もうかれこれ五分はこの状態。
決着はついたも同然だと席を立ち始める観客も出始め、ローズも退屈になってきたのか上品に欠伸をして、リリーの降参を待っていた。

その時。

「っ!!い…いや、いやぁぁぁぁぁー!!!」

突然、ローズが叫びだした。

「やめて…来ないで!!」

ローズは自分の腕で自分の身体を抱きしめ、頭を振り乱して”何か”に抵抗している。
しかし、何に抵抗しているのか観客からは何も見えない。
どれほど時が経っただろう。
ローズは、とうとう床にペタリと崩れ落ちてしまった。
リリーの防壁を取り囲んでいた荊は緩み、地面にへなへなと落ちていく。
棘は、気付けば元の大きさに戻っていた。

ざわつく観客が見守る中、防壁を解いたリリーはというと、冷ややかな目で悶絶するローズの姿をじっと見つめているだけ。
まるで、オーブンに入れた料理がちゃんと出来たかどうか観察するように、リリーはローズを見ていた。

萎えていた荊が動き始める。
当然、リリーに向かって伸びていくと思われたそれは、観客の意に反してその主の方へと進んだ。
初めに敵に飛びかかった時のような勢いはない。
蛇が巣に帰るような緩慢な動きで荊はローズに歩み寄って行き、やがて主をきつく縛り上げてしまった。
荊の刺は皮膚をも破り、美しい肌には赤い筋が伝う。
ローズの悲鳴はもう枯れていた。
喉が潰れて、声にならない叫びを上げて、それでも彼女は虚空に救いを求めた。

どよめき混乱する観客の中で何が起こっているのか正しく理解しているのは、その中ではただ一人。
リリーの勝利に命を賭けた、あの男だけ。

「何?!どういう事?!」
「ローズ様どうしちゃったの?!」

二人の少女が困惑した表情で問う。
その瞳は怯えるように震えていた。

「あれがリリーの力さ」

男は気持ちの悪い笑みを浮かべて云う。

「力って…何もして無いじゃないっ!」

キャンティが席を立ち上がって男を睨みつける。

「第一、防壁も解いてなかった!」

これもまたキャンティの台詞。
プリムは変わり果てたローズの姿にショックを受けて声も出ない。

男は座ったまま、キャンティを見上げて言った。

「そう。防壁は解かなかった。でも、確かにリリーは新たに魔法を使った」
「そんなこと出来るはず無いわっ!一度に二つの魔法を使うことなんて出来ないのよっ?!」
「…そうよぉ。魔法紋は一度に一個って決まってるでしょぉ?」

幾分落ち着いたのか、ローズへの視線はそのままにプリムもそれに続く。すると、男は項垂れた。
二人が怪訝そうに男の白髪交じりの後頭部を見つめていると、男の肩が揺れ始める。

「泣いてるの?」

プリムが恐る恐る口を開くと、男の口からククッと喉の奥で音が漏れた。

「おじさん?」

キャンティが、男の肩に手を置こうとすると、男は頭をバッと勢い良くあげた。
男は泣いていなかった。
そして次の瞬間には、気味の悪い大声を上げて笑い始めたのだ。

「そうだ。そうだよ!君達は一度に一つの魔法しか使えない。でも、リリーは違う。そうだ。違うんだ!リリーはね、一度に二つの魔法紋が描けるんだ。ちょーっと訓練すれば、三つ目だって夢じゃない!そうだ。彼女の力は未知数だなんだよ!!」

美しい薔薇色の血で自らの身体を染め上げたローズと、百合のように凛と佇むリリーの対照的な姿、そして歓喜のあまり狂乱した男の声。
少女達のトラウマになるには十分だった。
早くこの戦いを終わらせてあげたい。
これ以上ローズを苦しませたくないのに…審判の声はまだ聴こえない。



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