#20 消えた柱
「居ない…」
「こっちも居ない…」
「やっぱり…」
「本当なの?」
私の手には一枚の紙。
正方形の真っ白なそれは、書斎の机の上のメモ帳と同じ大きさだから、多分ここで書かれたものだろう。
「居なくなっちゃった…リリー様が居なくなっちゃった!」
「シーッ!大きな声を出さないの!」
「だって!」
「此処にもそう書いてあるでしょう?」
握っている物をマリエッタに突き出す。
これはリリー様の置き手紙だ。
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フレア、マリエッタ
突然ですが、少し出掛けてきます。
すぐに帰る予定ですが、もしかしたら暫く帰って来ないかもしれません。
でも、心配しなくて大丈夫です。
落ち着いて、今まで通りの生活をしていてください。
決して、私が城に居ない事を外部に悟られない様に。
何か困った事があれば、マルバに相談すればいいと思います。
リリー
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「すぐ帰るのか帰らないのかどっちなのよ…」
「全くだわ」
「リリー様、大丈夫かな」
「すぐ帰ってくると信じましょう。それしか私達には出来ないんだから。もしかしたら、冥界のお城に遊びに行ってるだけかもしれないじゃない」
「それなら良いんだけど…」
マリエッタにはそう言ったが、正直、彼女の行き先は冥界では無いと思う。
それならそうと明記する筈だ。
それに、マルバ所長の助言を薦めているのが暫く帰って来ない事を示唆している様な気がするし…そもそも置き手紙がある事自体、今までに無かった事だ。
最早、この文章の全てに謎が隠されているのではと疑ってしまう。
それにしても。
リリー様は、どうして何も言わずに出て行くのだろう。
どうして心配させる様な事をするのだろう。
どんなに私達が主の身を案じているか、きっと彼女は分かっていないに違いない。
分かっていたら、分かっていてこういう事をするのなら、私達の主は極悪人だ。
今だって、こんなに心配で胸が張り裂けそうなのに。
「お姉…」
「マリエッタ、この手紙はリリー様からの命令よ。今まで通りにしなくっちゃ」
「でも、今まで通りってどんなだっけ」
そんなマリエッタの言葉をきっかけに、はたと辺りを見回してみる。
いつもより少しだけ広い書斎。
主人が居ないだけで、こんなにも世界は違って見えるのか。
全く…今まで通りの生活なんて難しい事を要求して。
大黒柱の欠けた家が、それを保っていられるとでも?
「そうね…どんなだったかしらね…」
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