#19 分析 case:W.Hunt

「リリー様、何があったのかお教えください」

姉妹は、昨晩の客人の襲来に気付いていなかった。
一度寝始めるとなかなか起きないマリエッタは分かるのだが、フレアが気付かなかったとは珍しい。

「まぁ、済んだ事だから。気にしないで」
「気にしますよ!闇討ちなのでしょう?」
「分かってるんじゃない…」
「ああ、どうしましょう…全く気付かなかったなんて…私、一生の不覚です」
「二人の部屋は一階だから仕方ないわよ。大丈夫。偶々起きてたからすぐ気付けたし…ほら、怪我もないでしょう?本当に大した事なかったの」
「偶々?偶々起きてたって…なら、偶々起きていなかったら…」

そこまで言ってフレアは青ざめた。

「リリー様。私、今日からリリー様の寝室の前で休ませて頂きます」
「前って…フレアのベッドは?」
「私は元々魔狼です。ベッドなどいりません」
「それは…毎晩、狼の姿になったフレアが部屋の前に居るという事よね?」
「…部屋の外でもいけませんか?」
「そういう訳じゃなくて…いや、そういう訳でもあるんだけど…」

幾らそれがフレアだと分かっていても、部屋の前に狼が居るのは怖いし…それに、フレアに番犬の様な事をさせたくもない。

「じゃあ…ベッドを三台置けば?」
「三台?」
「一緒に寝れば良いじゃないの。狼じゃなかったら一緒の部屋で寝ても良いけど?」

それを聞いた姉妹は顔を見合わせると、耳まで真っ赤にしてうんうん唸り始めた。

「それは…どうなのでしょう…」
「わ、私は嬉しいけど…」
「私もそれは嬉しいですけど…主と同じ部屋で眠るなんて事…」
「従者として許されるのかなあ」

その後の二人は、頭を悩ませ顔を赤らめ、ああすればこうすれば…と大忙し。
当事者の私を差し置いたその葛藤は時間を追う毎にヒートアップしている様子で、終いには「いっそ、キングサイズで三人…」なんて言葉が聴こえてくる始末。
もうベッドは注文済みだというのに…

「まぁ、どちらにしろ、新しいベッドが届くのに三日程掛かるって言われてるんだから。それまでに考えておいてね」

最近、姉妹と話していると、うら若き乙女を誑かしているような気分になる時がある。
慕ってくれるのは嬉しいけれど、なんだかいけない事をしている様で。
私が知らないだけで、世の中の友人関係なんて皆こんな感じなのかとも思ったが、窓から見下ろす街並みにこんな擽ったい光景は無い。
私はおかしくない…筈。

*****

「リリーじゃないか。まさかお前の方から会いに来てくれるなんて思ってもみなかったな」

ここは我が古城のお隣にあるウトガルド研究所。
そのトップに君臨する、変態奇人マルバ・スカーレット所長は、本日も楽しそうで何よりだ。

「貴方に文句を言いに来たのよ」
「まぁ、入れ。お茶くらい出してやる」

相変わらず、白衣はヨレヨレ髪はボサボサ。
唯一、眼鏡だけが一点の曇りもなく彼の鼻に乗っている。
早く結婚でもして世話を焼いてくれる人を作ればいいのに。
しかし、まずこの身なりの悪さを正さなければ当然良い人など見つかる訳も無く。
結局いつも、本人が幸せなら今のままで良いか、という結論に至る。

「ん。お前はカフェオレだろ?」
「よくご存知で」
「伊達に観察してないからな」
「…詳しくは聞かない事にするわ」
「で?何だ。文句ってのは」
「昨晩、闇討ちにあった」
「ほう。で、その様子だと返り討ちにしてやったと」
「…セキュリティシステムってのはどこまでの範囲で動いてるのよ」
「夜中はちゃんと動いてるはずだが?」
「空中からの侵入者は?」
「空中?…ああ、なる程。蒲公英の家系か」
「蒲公英…」
「なんだ、魔法紋見なかったのか?」
「小さかったか、見えないとこにあったか、ね」
「確かに、空からなら抜け道はあるな。だが、城の中で魔法を使った時点で作動すると思うんだが」
「…それだ」
「魔法を使ってなかったのか?」
「城の中では斧を振り回してただけ」
「ほう…これは新システムの開発が必要だな」
「抜け道バレバレじゃないの」
「まぁ、そう言う事もある」

そう言うと、彼はへらっと笑ってブラックコーヒーに口を付ける。
妙に目立つ喉仏が上下に動く様子を、とても不本意だがセクシーだと思ってしまった。
喉仏だけ。
誓って喉仏だけ。
気が付くとマルバがじっと此方を見ていた。
あ。今、観察されてる。

「ねぇ、マルバ」

彼は、片方の眉を少し上げて続きを促した。

「魔女狩りの犯人がもし魔女だとして…死因が不明になる様に殺せる家系って居るの?」
「ふむ…」

右手の指先を軽く顎に添え、彼は考え始めた。
彼のカップから立ち上る湯気が、早く飲めと急かしているのもお構いなし。
考察に没頭している時は、マルバに話しかけない方が良い。
母さんから教わった事のひとつだ。
カフェオレが半分無くなった頃、漸くマルバが一言告げる。

「それは死因によるな」
「どういう事?」
「流石の俺も全ての魔法を把握してる訳じゃない。すべて推測に過ぎないが…死因がわからないってのは傷が無いからそう言うだけだ。だから、傷が残らないような殺し方であれば良い。そうだな…例えば、全員死因が心臓麻痺だったとすると、これは時間を止める魔女が居れば、実は簡単に実現できてしまう。
さらに治癒魔法を使える魔女であれば、どういう殺し方をしたかに関わらず魔女狩りの状況を作り出すことが出来てしまったりもする」
「確かに」
「ただし」
「ただし?」
「今のところ、時間を操作する魔女の報告はない。時間はいつも一方通行であり、等しい間隔で流れ続けている。よって、時間を止める魔女説は保留だ。さらに、治癒魔法というのは限界がある。死んだ奴を生き返らせる事が出来ないのと同じ様にな。治癒魔法の種を明かすと、あれは細胞を活性化させて治りを早くしているだけに過ぎない。つまり、生きている者にしか治癒魔法は効かないという事になる。加えて、生存を目的として治癒を促す魔法故、治癒したところで延命の余地のない者にも魔法は効かない」
「じゃあ…それをクリアした状況で魔法を掛ければ可能って事?」
「クリア出来ると思うか?」
「…難しいわね」
「難しいな」
「やっぱり魔女には不可能って事じゃない」
「だから、最初に"推測に過ぎない"と言っただろう。それに何らかの突然変異で、死者の傷口を塞げる奴が居たって不思議じゃない。お前が一度に二つの魔法紋を描く特異体質であるようにな」
「じゃあ、神界との交わりを断ったら魔女狩りも無くなった事に関してどう思う?」
「それだけでは、まだ神界に犯人が居るとは言えない。証拠不十分だ」
「そうよね」

やっぱりマルバの頭脳を以てしても、宙ぶらりんの結論しか出せないか。

「まさに、"真実はマグナ・モルタのみぞ知る"…だな」
「マグナ・モルタ?何それ?」

自分では自然な質問だったのだが、どうやらこれも常識で知っていなければならない類のものだったらしい。
マルバはあからさまに大きくため息を吐くと、手を額に当て項垂れた。

「お前はもう少し常識を知った方が良い…マグナ・モルタは魔女狩りを止めた英雄の名前だ」
「名前がわかってるんなら、会いに行って話を聞けば魔女狩りの犯人が分かるんじゃないの?」
「生憎だが、マグナ・モルタは伝説上の人物の名前だ。マグナ・モルタ…"偉大なる死神"という意味になる」
「死神?英雄にしては酷く侮辱されてるのね」
「魔女狩りは発生当時から神界に疑いの目が向けられていたんだが、ある日を境にピタリと犠牲者が出なくなった事実を、どこぞの誰かさんは、"魔女狩りを行っていた神を誰かが殺してくれたからに違いない"と言い出してな。しかも、既に魔界は神界と絶縁状態だったのだから、神を殺せたのは神しかいない筈。死神が神を殺してくれた。嗚呼、偉大なる死神様…と、まあ、大雑把にいうとこんな風に派生していった感じだ」
「死神ねえ…」
「全く馬鹿げた話だよ。本来、魔界にいる奴の立場になれば、魔女狩りの犯人を形容するのに死神という言葉を使うのが普通だろ。憎むも神、崇めるのも神だと筋が通っていない」
「言い出した誰かさんってのは分からないのよね?」
「ああ。ただ…」
「ただ?」
「この世界には、思想を共にしたものが集まって結成したグループが数多あってな。大きく分けると、お前を殺して神界へ乗り込む"戦争推奨派"の奴等と、お前を守ろうとする"反戦派"に二分されるんだが、マグナ・モルタ伝説は意外にも反戦派の中で最初に広まっていた」
「意外にも?」
「マグナ・モルタ伝説は神が犯人であるという前提がなければならない。いかにも推奨派が好みそうなネタだろ?」
「確かに不思議ね」
「しかし、すぐに逃げ出すかと思ったが、案外ちゃんと女帝をやってるんだな」
「ん。まぁね…フレアとマリエッタも居るし。それにマルバが此処に私を連れて来たのには、本当は研究の他にも何か意図があるんでしょう?」
「そうだな…まあ、一番は研究の為だが…お前は、もし推奨派の誰かが女帝になったら、この世界はどうなると思う」
「大変な事になるわね」
「それが分かってるなら、お前が女帝で居続けなければいけない理由も自ずと分かるはずだ」

マルバはそこまで言うと、私の頭に手を乗せた。
撫でているつもりなのだとしたら、彼にしては意外な行為だ。
いつもなら振り払っているだろうその手を素直に受け入れてしまっっている自分も十分意外だが。
すぐに離れて行ってしまった掌は、冷めたマグカップの取っ手を握る。

「だから出来るだけ永く、女帝としてこの魔界に君臨し続けてくれ。お前は俺達の希望なんだ」



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