#18 月光パーティー

太陽はきっと知らない
月がいつも蒼白な顔で世界を見下ろしている事を
魔女達の崇拝を受けし彼女の淡き御姿は
今宵もまた彼の居ない冷たい暗闇を泳ぐ

現在の時刻は、草木も眠る丑三つ時。
つまり、こうしてベッドに横になって彼此三時間になる訳か。
夢を司る魔女が聞いて呆れるが、今晩はどうも寝付きが悪い。
昼間、気晴らしを兼ねて花に水を遣っていたのが相当堪えてしまった様なのだ。
庭園が自分の思うよりも随分広いと気付いた時にはもう遅くて。
結局、一区画だけの花を贔屓する訳にもいかず全てを制覇した時には、何度も水場と花壇を行き来して疲労困憊といった状態。
ならば一仕事を終えたが最後、疲れ果てて昼寝をしてしまったのも仕方の無い事だろう。
おかげですっかり目は冴えて、幾ら瞼を閉じれど無駄な力が眉間に入るだけで一向に眠くならなくなってしまった。
そろそろ本格的に眠りたいのだけれど、狂った体内のリズムは決意だけでは簡単に戻ってくれない様だ。

ふと、秒針が騒々しく時を刻む音に混じって微かな物音が聴こえた気がした。
女の声だ。
声が篭っていて内容は聞き取れないけれど、歳をある程度重ねている雰囲気を感じる。
問題はそれが私の背後から聴こえてくるという事。
左半身を下にして眠る私の背後にあるのは、窓。
ベランダのない窓の外に誰かが居る。
そう気付いた瞬間、脳裏に幽霊…ではなく、暗殺の二文字が過った。

気付かれぬように魔法紋を描き、窓の外の客人に自分がそのまま眠る幻を見せたままベッドをそろりと抜け出す。
外を見ると、そこに居たのは二人の魔女。
斧の柄の部分に仲良く二人乗りをして空を飛んでいる彼女達だが、まだ何も起こしていないというのに既に仲間割れ寸前のご様子。
喧嘩と言っても、後ろに乗っている魔女が一方的に叫んでいるだけなのだが、ギャンギャンと小型犬みたく甲高い声が窓を抜けて此方にまで聴こえている。
最近では空を飛ぶ”箒”は流行遅れなのかしら、とぼんやり考えながら見ていると、やがて助走を付ける様に少し後退した空飛ぶ斧は勢いを付けて窓を突き破り、轟音と共に部屋に乗り込んで来た。
そして間もなく聴こえる鈍い音。
それは振り下ろされた斧が私のベッドを破壊した音だった。

「!?いねーぞ!」

今まで見えていた私の姿が幻だと気付き、彼女達は部屋を見渡して私を探し始める。
その様子はとても殺気立っていたのだけれど、此方は此方でベッドを破壊されて相当な憤りを感じていて。
只でさえ不眠で苛立っていた所へこの仕打ち。
窓ガラスの破片を被り、斧が刺さったとなれば、このベッドではもう眠れまい。
これも女帝の役目だというのならあんまりだ。
文句のひとつでも言いたくなって魔法を解き姿を見せると、私に気付いた客人は一歩後ずさった。

「こんな夜更けにパーティのお誘いですか?二対一なんて随分ヴィップ待遇じゃないの」

室内を照らすのは月明かりだけ。
それでも未だ窓の前にいる二人の暗殺者の姿は、十分に確認出来る。

まず、斧を持っている魔女。
先程から口の悪さが耳について、あまり良い印象を抱けない。
元々暗殺しに来てる時点で良い印象など抱けるわけも無いけど、彼女みたいに熱血な人間は私の得意分野ではないから余計だ。
浅黒い肌に綺麗なアーモンド型の目。
歳相応に整った顔立ちをしていると思う。
惜しげも無く披露している引き締まった腕や脚においては、自分には無いものだからか軽い嫉妬の様なものを感じるが、故意に縮れさせた黒髪は失礼ながら金属タワシにしか見えない。

そして斧を持っていない魔女。
魔女のトレードマークとも言える黒いとんがり帽子を目深に被っているから、その目がどんな感情を宿しているのかは読み取れない。
唯一確認出来る口元では、月光に照らされた紫色のルージュが不気味に光っていた。

「仮にも女帝様だ。サシの勝負たぁ不粋かと思いましてね」

喋ったのはタワシの方だ。

「寝ていれば知らぬ間に死ねたのに、可哀想な子」

とんがり帽子が続ける。

「私に何の不満があるっていうの」
「不満だらけだっつーの!」
「即位して半年経つのにこの体たらく。魔女狩りの犯人が神である事は明々白々なのに、どうして動こうとしないの?」
「魔女狩りの犯人が神である証拠があるのですか?」
「魔女狩りの被害者は全員死因が不明なの。そんな事が出来るのはあの忌々しい神界の人間だけよ」
「そうかしら?魔女にだって出来る人がいてもおかしくないじゃないの」
「魔女が犯人だって証拠もねーだろ!」
「勿論。でも、外の世界の前に、まず身内を疑うべきでは?」
「何ですって?!」
「余計な争いは避けるべきです」
「争いを拒んでいては魔女とは言えない」
「”争いを好んでいては”の間違いですよ」
「とんだ甘ちゃんだな!そんなに言うんなら、仮に犯人が魔女だとしてどんな魔法を使ったらあんな殺し方が出来るのか、お前には予測がついてんだろーな?!」
「それは…」
「出来ないんでしょう?現に、神界と絶縁状態になってからは一度も魔女狩りが起こっていない。これをどう説明するつもり?」

確かに決定的な証拠はないが、疑うに値する状況だ。
犯人は神で無いと証明するのは難しいだろう。

「分かったなら、さっさと神界に行く許可をだしなさい」
「戦争を始めるって約束してくれんなら、お前を殺す必要もねーんだから大人しく帰ってやるよ」

新たな犠牲者も出ていない何十年も前の事件、魔女狩り。
確かに、多くの犠牲者を出した惨劇であるが、正直な所、犯人なんて私はどうでも良いと思っている。
そう思えるのは、きっと魔女狩りによって死んだ人が身近に居なかったからだろう。
唯一私の周りで死を経験した本当の母親も、魔女狩りで死んだわけではないのだ。
私には魔女狩りで愛しい人を無くした者の気持ちは分からない。
でも、だからこそ。
今生きている者達の未来を、冷静に考えられる。
もし神界に戦を仕掛ける事を良しとすれば、また多くの人が亡くなる筈。
そしてまた、愛しい人を亡くした悲しみや憎しみを抱えて、残された者は生きていかなければならない。
復讐は永遠に終わらないのだ。

「残念だけど…」
「何?」

残念だけど、貴女達の望む言葉は続かないわ。
そうやって顔を顰めて威嚇しても無駄。
もう遅い。
二人に気付かれない様に呼んだ扉からは、既に”彼”の巨大な両腕が伸びているんだから。

「ありがと。夜分遅くにごめんなさいね」

勿論、魔女達に向けた言葉ではない。
巨大な手に拘束されて身動きの取れぬ魔女達は、そのまま扉の中へ吸い込まれて行く。
彼女達の怒号も綺麗さっぱり消えて静かになると、漸く睡魔がやって来て嬉しくなった。
しかし、それも束の間。
荒れ果てたベッドを目にすると溜息が出る。
何処で眠ろうかと暫く悩んだ末、書斎へと移動しソファに傾れ込んだ。

その後は、あっという間に意識を手放していて。
底なしの穴に落ちて行く様に、深く深くさらに深く…
私を起こす為に部屋を訪れたフレアの悲鳴が聴こえるまで眠り続けた。



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