#17 アナタが帰る場所
リリー様の魔法は、対象者が近ければ近い程よく掛かる。
そう決闘中に本人が教えた通り、五分のカウントが終わってもジョリーは目覚めなかった。
どのくらい昏睡状態が続くのかは怖くて聞けないが、永遠にこのままという訳ではないのだろう…多分。
しかし、彼女が目覚めるまでずっと、リリー様に冷たい床の上で膝枕をさせておく訳にもいかない。
病院に運ぶ旨を彼女に伝えると、話を聞いていたマルバ所長が研究所の医務室に運べと提案してきた。
「如何されますか?」
「マルバの言う通りにすれば良いわ」
一緒に運ぶと言ったリリー様を先に城に帰し、マリエッタと二人でジョリーを研究所へ運び込む。
さっきまであんなにも饒舌だったのに、医務室のベッドにジョリーを横たえるまで、マルバ所長は一言も喋らなかった。
「後は、此方に任せてくれ」
「はい。宜しくお願いします」
マルバ所長とジョリーを医務室に残して部屋を出る。
ドアが閉まりきる寸前、不気味な笑い声が微かに聴こえた気がして一瞬マリエッタと顔を見合わせたが、あまり彼には関わりたくないので気のせいだと思い込む事にした。
「あんなのがリリー様の親代わりだなんて…」
「リリー様、可哀想」
「でも、リリー様の事を良く理解していらしたわ」
「むかつく」
*****
城に帰ると、リリー様はカプチーノで一服なさっていた。
「おかえりなさい」
ふわりと微笑むその表情は、先程まで戦闘の渦中にあったとは思えない程平和なものだ。
今日の一戦を加味しても、やはり、リリー様は普通の魔女とは違うと思う。
勿論、ジョリーが魔女の中でも多数派に属す”普通の”魔女であるという仮定の上での話だが。
リリー様を本当に殺すつもりだったジョリーと、生かしたまま勝利を収めたリリー様。
この対比だけでも、二人の違いは歴然としている。
誰かを亡き者にする事を禁忌としている我らが主は、間違いなく女帝として甘い。
先程は私達の心配が杞憂に終わる程、本当にあっさりと彼女は勝利してしまったが、これではいつか身を滅ぼしてしまうだろう。
でも、だからと言って、何の躊躇もなく返り血を浴びる様な人になって欲しくもない。
この人はこの世界の皇帝になって然るべき人だ。
マルバ所長もそれが分かっていて、彼女をここに連れて来たのだろう。
願わくば出来るだけ永く、女帝という地位が彼女のものであれば良い。
その為には、彼女が今の座から引き摺り下ろされない様に、私達がお守りしなければ。
「そう言えば、リリー様はいつから私達に幻を見せていたのですか?」
「…マリエッタはいつからだと思うの?」
「私が…サンドウィッチを持って行った時?」
マリエッタの言葉は、リリー様を驚かせた様だ。
大きく目を見開いてそれを体現した彼女は、やがてフフと優しく笑って正解と告げる。
「私もまだまだね」
「いえ!分かっていた訳ではなくて」
「勘?」
マリエッタが居心地悪そうに頷く。
「勘が働くって事は見抜かれる要素が少なからずあったって事よ」
「しかし、リリー様。お力を発揮される為とはいえ、私達に何の言葉もなく今日の様な事をされては困ります」
「私、あの時本当に心配したんですよ?」
「ごめんね。”敵を欺くには、まず味方から”って言うでしょう?心配かけたと思うけど、許して?」
「勝つ為に…今後もあの様な事をされるおつもりですか?」
「そうね」
「その度、私共に肝を冷やせと仰るのですか?」
「…ええ」
「これから先、同じ様な事があっても、私はリリー様が生きていると信じて見ている事しか出来ないんですね」
「ごめんね」
「ホント、心臓に悪いですよ…」
「辛いなら故郷に帰っても良いのよ」
何気なく放たれたリリー様の一言。
その衝撃はとてつもなく大きく、隣に居るマリエッタも、ぴくりと肩を震わせて以降声を無くしている。
リリー様に出会う前では考えられない事だが、私達は相当この主に惚れ込んでいた。
最早、今更故郷に帰って普通の生活に戻ることなんて想像すら出来ない程に。
「って、言ってあげたい所だけど、やっぱり無理ね。言えないわ」
「リリー様?」
「だって、帰る場所に誰も居ないなんて寂しいじゃない」
ね、とリリー様は小首を傾げて同意を促す。
その瞬間、私は彼女の従者として本当に為すべき事をやっと理解する。
自分の帰りを待つ誰かが居るのと居ないのとでは、きっと出せる力が全く違う筈だ。
帰りたいと思ってくれる様に。
生きて帰って来てくれる様に。
私達は、リリー様の帰る場所に居なくちゃいけない。
「私達、もう帰れませんね」
「ごめんね」
「構いません。その代わり、どんな戦いにも勝って女帝であり続けてください」
「フレア」
「何処へ行っても必ず帰って来てくださいね、リリー様。貴女に”おかえりなさい”を言うのは私達の役目なんですから」
溢れた想いをそのまま吐き出すと、リリー様はとても嬉しそうに笑った。
Copyright © 2009 ハティ. All rights reserved.