#01 スクルドの予言

「スクルドよ」

白い髭を胸の辺りまで伸ばした朗らかな老人。
その温厚な微笑みからは窺い知れないことだが、彼はこの世界「第一神界」の長である。

「西領を治める女神はいつ現れる?」

神界の主が投げかけた質問だというのに、目の前に座るまだ年端もいかぬ娘は沈黙を決め込んだ。
二人の間にはとても大きな年代の差があるのだが、二人の立ち位置に優劣は然程無い。
それは、この主が娘を"本当の"娘か孫のように思っているからなのか。
それとも、単にこの娘の性格故なのか。

老人は静かに溜息を吐いた。

「武士に止められておるのか?」
「そう、日記に書いてあったのよ」
「しかし、スクルド。これは答えても良い質問じゃ。全世界に関わる重要な問題じゃからの」

眉を顰め伏目がちに自問自答した後、娘は意を決して重い口を割る。

「…主の寵愛を受けし花が朝露に濡れ
月が三度闇に落つる時
異界より旅人現れて
日没の女神となるであろう…」

スクルドはそれだけ告げると、これ以上の追求を逃れるようにふてぶてしく一礼して去ってしまった。

「主…か」

娘の無礼を気にも留めない大らかな老人は、椅子に深く腰掛け直しながら天を仰いだ。
見事な装飾が施された天井が遠くに見える。

「オーディン様」
「春とは言え、お身体が冷えます」

現れたのは、まるで鏡に写した様に同じ顔をした二人の巫女。
唯一、彼女達に違いを与えるのは、片方の少女の口元にある黒子だけ。
黒子のない巫女が老人の膝にふわりと膝掛けを乗せると、彼は心底愛おしそうに微笑んだ。
淑やかに部屋を出る彼女達。
彼はその背を扉の閉まる最後まで見届けると、右肘を高座の肘掛けに預けて呟く。

「異界…ヴァンか、ミッドか、はたまたヨトゥンか」

ふと、目を遣った窓の外。
切り取られた青が、彼の瞳に彩りを添える。

「今日も良い空をしておる」

偉大な主の小さな独り言。
それは、やはり誰にも届かぬまま、窓から射す温かい木漏れ日の中に溶けていった。

そう。
これが、”彼女”の始まりの一ページ。



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