#08 双子は知っていた

二十二歳にして、なかなか育児が板について来たと思う。
栄養の事とかも気にする様になって料理の腕も格段に上がったし、二人が眠くなる時間も起きてくる時間も、二人がどんな事を考えててどんな行動をするのかも何と無く分かって来た。
それは、家族でないと分からない事だったり、逆に家族では知り得ない事であったり様々で。
二人の色んな面を知る度、擽ったい幸福感を味わった。
俺はかなり充実した生活を享受している方だと思う。

ヴェルは、一言で言い表すと、"女の子らしい女の子"。
甘いお菓子が大好きで、毎日見てる此方が吐きそうになる程食べるもんだから、ディルのお菓子嫌いの原因はこれなのかもしれないなぁ…なんて思っている。
毎朝髪を結ってやると凄く嬉しそうに笑ってくれて、最近トマト料理を一口だけ食べてくれる様になった。
可愛い服を買ってやると目を輝かせて喜んでくれて、直ぐに着替えて来ると、俺の前でスカートの裾を翻す様に一回転して「どう?」って笑うんだ。
そういう時にいつも現れる醜い気持ちを、ヴェルに悟られない様に隠して「似合ってるよ」って笑ってみせる事も、最近では意識せずに楽に出来る様になった気がする。

逆にディルは、普通の女の子が好みそうな物を好まなかった。
色はピンクが嫌いだったし髪も短く切らせる。
スカートなんか絶対穿かなかった。
酒のアテみたいな塩気の多いお菓子は食べるけど、チョコも飴も口にはしない。
最近、俺がディル用に作る甘さ控えめのデザートには手を出してくれるけど、ヴェルのポケットにはち切れんばかりに詰まっているお菓子には一切手を出さなかった。
兎に角、女の子が喜びそうな事をしてやると酷く嫌がった。
そんなディルの反応を見ると、いつも妙な焦燥感を感じる。
このままではいけない。戻れなくなる。
勝手な想像で考え込んで、何時の間にか黙り込んでしまってたなんて事は日常茶飯事だった。
それもこれも、自分が可笑しいからだって分かってるけど、その考えが止む事は無い。

このままではいけない。

このままでは…

今の俺の顔は酷く恐ろしい顔をしてはいないだろうか。
自分自身、感情が顕著に表に出る方では無いと思っているけど、双子は俺の微妙な表情の変化に気付き、不審に思ってやしないか。
ディルの趣向の偏りに気付いてからずっとだ。
それを外に放つ事で、秘めていた本来の自分がその自分自身に牙を剥くのが怖くて。
何度も表に出そうになるこの気持ちを、体の奥の方に仕舞い込んで隠して守った。

護衛の対象である双子では無く、護衛する側である俺自身を。

俺は必死に守ったのだ。

しかし、ついに言葉にしてしまった。
ディルが自分と同じ気持ちを抱くようになるかどうかなんて分からないのに。

抑え切れなくなった気持ちが洪水の様に次々に溢れ出て来て。
結果、二人を傷つけることになる事も分かっていたのに。
それなのに、俺は言ってしまったんだ。

いつもなら、必死にスカートを拒絶するディルに「女の子なのに勿体無い 」って苦笑いしてすぐに諦めるのに、今日は何故か意地になってしまった。
布団に潜り込む事でスカートへの拒絶を表現する彼女に向けて俺が言い放った言葉は、後から冷静になって考えてみても理不尽で滑稽なものでしかない。

「俺、男の子みたいな事する女の子は嫌いだよ」
「どーして?!」

布団から勢いよく体を出して、ディルは俺の目を見上げた。

「どーしてって…ディルは女の子なんだから当たり前でしょ!」
「ディルが女の子だからってどーしてズボン履いちゃだめなの?!」

俺の考え方が可笑しいのは分かってた。女の子がズボンを穿く事はごく自然なことなのだから。
言っている事が極端である事も自覚している。
頭ではそう分かってても、口からはディルの趣向を否定する言葉しか出てこない。

もし、理性が具現化出来たのなら…
力任せに自分を殴って、殺してやりたい。
でもそんな事は出来る筈もなくて、体を何かに乗っ取られたみたいに思考の外で口は動き続ける。

「ディルのことを思って言ってるの!」

嘘。本当は自分の為。
自分が辛いから、こんな馬鹿げた事をディルに押し付けようとしてるんだ。

「そんなの違う!」

そうだよ。こんなの可笑しい。

「違わない!女の子なんだから女の子らしくしないとダメでしょ?!」

そんな事言う権利、俺には無いのに…

「雀のバカ!ディルに自分が出来ないこと押し付けてるだけのくせに!」
「ディルちゃんダメ!」

一瞬、ディルの言った事が上手く脳内で消化出来なくて。
「え?」と、間抜けな声を漏らす事しか出来ずに、俺は動けなくなった。
全身から血の気が失われていく様な感覚がして、頭の中は真っ白になって。
グチャグチャの思考の中で唯一分かったのは、ディルの言った言葉が俺にとって不吉なものである事とヴェルがディルに向かって何か叫んだという事だけだった。

「今…何て?」

俺がやっとそれだけ搾り出すと、ディルが俺に何かを言おうと口を開けた。
すると、横からヴェルが飛んで来て、ディルと向かい合うような格好のまま両手でディルの口を塞いだ。

「ダメ、ディルちゃん…それ以上言ったら…もう…もう…すずめが…笑ってくれ なくなっちゃう…」

俺に背を向けてディルの口を塞ぐヴェルは、やがて肩を震わせて嗚咽を漏らし始めた。
ディルは暫くそんな姉の姿をじっと見ていたが、両手でそっとヴェルの両手首を掴むと、ゆっくりと彼女の両手を退けて発言を続けた。

「ディルもヴェルちゃんも…分かってるんだよ。雀の…本当の心」

泣き崩れていたヴェルは、再度ディルの言葉を遮ろうとディルの口を塞ごうとし たが、両手ともディルの両手に捉えられていて叶わなかった。

そして。やっと俺自身もディルが何を思って今の発言をしているのか、頭の中で整理がついた。

つまりだ。
彼女達は気付いていた。
未だ誰にも…
あの絶対の信頼を寄せる虎太郎にすら言った事のない…
俺の最大の秘密…


俺が、自分を男だと思っていない事に。
彼女達は気付いていたのだ。



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