#07 運命の出会い
「久しぶりじゃのぉ。お前さんに会うのは、何年ぶりじゃ」
オーディンがそう語り見つめる先には、車椅子に乗ったホズルとその傍らに立つバルドルの姿。
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。でも、君は初めましてかな?」
ホズルの目は閉じられているというのにフギンの顔がある場所と寸分違わぬ方向に顔を向けて、彼は言った。
フギンが律儀に名乗りながらお辞儀をすると、ホズルはそれが見えていたかの様に優しく微笑む。
「おや?何だか見慣れない物が増えていませんか?」
増えている物が何なのか分かっているというのに、悪戯な笑みを浮かべて問うのはバルドルだ。
オーディンは満足げに頷く。
「気付きおったか。高座を増やしたのじゃが…なかなかドワーフ達も良い仕事をしおる」
「貴方が今座っている物も含めると…十三脚ですか?」
今までこの部屋には、オーディンの座っている高座ひとつしか無かった。
それが、壁の湾曲に沿うようにして両隣に六脚ずつ高座が置かれている。
「ほう…何故十三脚なのです?四方に置いた当主達とその護衛達を数えても現時点では八人。未だに決まっていない西の当主がそんなにたくさんいらっしゃるわけでもありますまいに」
「西の当主は一人じゃ」
「おや。もう決まったのですかな?」
「一人だという事だけしか分からん」
「では、後の…三脚は?」
彼は最後のバルドルの問いかけには答えず、ニッコリと頬を緩めると「秘密じゃ」と一言発することで、それ以上の追求をかわしてしまった。
バルドルは、その様子に肩を竦めると「じゃあ、僕は外に出ています。後はお二人でごゆっくり」と言って部屋を後にする。
彼の足音が消えた事を確認すると、オーディンはホズルを真っ直ぐに見て口を開いた。
「して、今日ここに参った理由は何じゃ?」
「世間話の様な物ですよ」
「世間話をしに、遥々南からバルドルに車椅子を押させて来たというのか」
「ええ。可笑しいですか?」
「おお。可笑しいとも。他人に迷惑をかける事を嫌うあまり長らくワシに顔を見せず、更には議会のメンバーをも辞退したお前さんが、単なる世間話の為にバルドルの手を煩わせるとは思えん」
「…流石です」
「本題は雀の病の事じゃな?」
「やはり、分かっておられたのですね」
「ワシは第二の神界の者から聴いただけじゃ。幹部の一人があの子の血縁での」
「そうでしたか。娘達が当主になると言うのはいつ頃から?」
「二人が生まれた頃から三人が出会う事は見えておった」
「やはり運命の出会い…ということですか」
「さよう。ワシもこれ程までに運命を感じたのは初めてじゃ」
「きっと…あの子の心を娘達が解いてくれるでしょう」
「双子は気付いておる様じゃな」
「ええ」
「流石、お前さんの娘達じゃ。雀は良き出会いに恵まれておるのぉ」
「後は、本人がそれに気付くかどうかですね」
「大丈夫じゃ。きっと彼女等が救ってくれる」
「親友くんも付いてる様ですし」
「おや。虎太郎の事まで知っておったか」
「食事の席で話してくれました。何でも、一番信頼している人物だとか」
「虎太郎は無意識なんじゃがのぉ」
「それこそ凄い事ですよ。他人の心を動かす事は容易ではありませんから」
「確かに…しかし…それでも、雀が完全に呪縛から抜け出す事はないじゃろう」
「おや…それは何故です?」
「あの子の過去がそうはさせん」
「過去…」
「見えておったんじゃろう?雀を縛る二つの鎖が」
「確かに見えました。でも、一つはそれなりに吹っ切れている様でしたので…」
「気にせんかったか」
「私に過去を覗く力はありません。あるのは、心に闇を抱えているか否かを探知する力だけです」
「それがお前さんの役目じゃ。大丈夫。双子と虎太郎がいる限り、雀は救われる」
「ところで…娘達の力の事ですが…」
「治癒魔術では無い方の力の事かの?それはまだ教える時ではない」
「…理由は?」
「今は知る必要が無いからじゃ」
「使うと、とんでもない事になる様な力なのですか?」
オーディンは微笑んだ。
ホズルは、彼がもうこれ以上の質問を受け付け無いつもりなのだと察したのか、諦めた様に肩を竦めると自らの手で車椅子を操り静かに去っていった。
侍女達が扉を閉め、部屋に一人になったのを確認すると、オーディンは天井を仰いでため息を吐く。
「ワシが生きとる間は、とんでもない事には絶対にさせんよ」
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