#05 何度でも
別に、俺にその義務がある訳でも無いし。
頼まれた訳でも無いけれど。
習慣になってしまったと言うか。
やっぱり放っておけないと言うか。
行かなきゃ行かないで後味悪いし。
しょうがなく、善意で来ているという事に…
虎太郎は早く気付くべきだと思う。
俺の見下ろす先には、気持ち良さそうに日向ぼっこに興じている猫…基、俺の親友、白石虎太郎。
完全に熟睡して上下する胸を見ていると、「嗚呼、平和だな」と思ってしまって。
起こすのも憚られるけど、そう言う訳にもいかない。
「虎太郎」
反応無しか…
名前を呼んでも起きないのは分かっていた。
溜息を大きく吐くと、
「すずめ?」
と、ヴェルが俺の袖を少し摘んで見上げてくる。
ディルは物珍しそうに虎太郎を見下ろしていた。
「さて、どうやって起こそうか」
*****
当主が決まればお約束。
今日はヴェルとディルを皆に紹介する日。
幼い双子を乗せた朱雀の横には、かなり疲れきった白虎の姿があった。
「懲りないよねー。虎太郎も」
「そうは言ってもアレはねーだろ」
「ヴェルとディルに文句付ける気?」
「別にそう言う訳じゃ…」
「あるの?ないの?」
「…ないです」
「宜しい」
ヴェルとディルは、俺の手間を省いてくれた。
ちょっと、いや…かなり手荒な方法であった事は認めるけどこれで虎太郎も懲りただろう。
全く…無邪気というものは恐ろしい。
時間通りに来れたし、今日は何だか良い日になりそうだなと思っていたのに。
双子の前には、早速壁が立ちはだかった。
その中心となったのは、北領の当主スクルド。
自己紹介の後。
話を次に進めようとする龍の司会の声を遮って、武士くんがヴェルとディルに向かい合う。
「二人に聞いて欲しいことがあるんだ」
双子は可愛らしく首を傾げて武士くんの発言を待った。
「スクルドはね。新しい事が覚えられないんだ」
北領で起こった悲しい事件。
俺は北領の姉妹とはそんなに面識が無かったけど、常に一緒に居た武士くんにとってはさぞかし辛かった事だろう。
横目でスクルドを盗み見る。
俯いていて表情は見えなかったものの、膝に置いた手がギュッとスカートを握りしめている姿が痛々しく思えて咄嗟に目を背けてしまった。
ヴェルとディルは最初こそ戸惑っていたけど、武士くんの説明を聴いてる内に、ある程度事態を飲み込めたようだ。
その様子を見て「分かってくれた?」と問う武士くん。
ヴェルは元気良く肯定の言葉を返して、スクルドの名を呼んだ。
彼女の頭がゆっくりと上がって来て、やがてヴェルと目が合う。
ヴェルはツインテールを揺らしながら「だいじょーぶ」と言ってニッコリと微笑み掛けた。
主語が無くて「大丈夫。スクルドちゃんは、いつか治るよ」と言う意味なのか、「私は気にしないから大丈夫」と言う意味なのか、それとも別の意味を込めて言ったのかは俺には分からなかったけれど、ヴェルの"気持ち"は確かに彼女に届いた様だ。
「次に会う時には二人の事忘れてるかも知れないけど、"今日"の内は絶対に忘れないから!」
「ヴェルちゃん、何回でもお名前言うよ!」
「スーちゃんが忘れてもディル達が覚えてるから、ディル達スーちゃんのお友達だもん!」
それを聞いたスクルドは一瞬驚いた表情を浮かべた後、それはそれは嬉しそうに笑ってくれた。
その後、彼女の隣に座っている武士くんが少し涙ぐんでいる事に気付くと、「何で武士が泣くのよ」と喜びを隠す様に武士くんの足を蹴っていたのが何とも彼女らしい。
正直、俺は二人がここまで飲み込みが早い子達だと思って無かったし、こんなに人の心を思いやった対応が出来る子達だとも思って無かった。
そして何より。
双子が全く「哀れみ」の感情を抱いていない事に俺は深い感動を覚えた。
彼女達の瞳から滲み出るのは、未来永劫スクルドを見捨てたりしないという無垢で温かな光。
もしかしたら、この双子の小さな女神達は、ここにいる誰よりも"神様"としての品格を備えているのかもしれない。
それなのに。
こんなに温かい触れ合いがあったと言うのに。
無情にも今日も太陽は海の底へと帰って行く。
そして、少女が忘却を恐れる深夜。
少女が作り上げた偽界に生まれた双子の存在は、月が見守る中静かに消え去るのだった。
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