#04 再会

それは、双子と初めて出会ってから数ヵ月後の事。
俺はこの第一の神界を牛耳るオーディン様に呼ばれ、彼の館―ヴァルハラの前にいた。
特に理由は告げられなかったけど、何となく勘で分かる。
見つかったのだ。
南領を治める当主が。

玄関を潜ろうとしたその時、俺は小さい衝撃を胸元に感じた。
前から誰かが来ていたらしい。
足元ばっかり見ていたから気が付かなかった。
謝ろうと思って顔を上げると、そこにあったのは見覚えのある顔。

浜辺で、俺に自分の思いを告げてくれた少女だ。

ぶつかったのが俺だと気付いた途端頬を染め、まん丸に見開いた目で俺を見上げたまま硬直していた。

何か言わなければいけない。
彼女のそんな様子を見て、胸の奥の方から湧き上がる衝動に突き動かされるまま「また、会ったね」と、一言。

「…これからオーディン様のところへ?」

恐る恐るといった風に。
自分の言動に何か不審な点が無いか確認しながら発せられた言葉は、緊張のためか震えていた。

「うん。キミは?」
「私、今日がご神託の日だったんです」

まさか。
南領の当主は、彼女なのだろうか。

「そう。おめでとう」
「ありがとうございます…雀さんに一番に報告出来て嬉しいです」

その言葉に、俺は何て返していいのか分からなくて微笑むことしか出来なかった。

「あの…私…やっぱり忘れられなくて…迷惑だって分かってるんですけど、止められなくって…」
「迷惑じゃないよ…人を好きな気持ちは、そう簡単に消えるもんじゃないから」
「体験談…ですか?」
「まぁね」
「雀さんは、まだその人の事が?」
「…さぁ…どうだろう…考え過ぎて自分でも分かんなくなったかも…」
「…羨ましいです…雀さんにそんなに思われてるだなんて…どんな方なんですか?」
「そうだな…その人が居なかったら今は無かったってくらい俺の人生において重要な役割をしてて、呆れるくらいおせっかいな人だよ」
「…本当に好きなんですね」
「え?」
「今の雀さん、凄く素敵な顔だった」

彼女の寂しげな言葉が、何だか申し訳なくて。
何も言えずに、ただ苦笑を浮かべていると、彼女にも俺の気持ちが伝わってしまったのか、
「それじゃあ。私これから行かなきゃいけない所があるので」と彼女は空気を入れ換えるように切り出した。

逃げる様に俺の横を通り過ぎた後、数歩向こうで彼女が振り向く。

「また、お話しに行っても良いですか?」

出来るだけ笑顔を心掛けているようだが、まだ指先を震わせているのが分かる。

「ああ、もちろん…あ!そうだ!」

少女が驚いて少し肩を震わせた。

「俺の名前…知っててくれたんだね」
「あぁ…はい!好きな人の名前くらい知ってないと恋する資格なんかありませんから」
「あの時はちょっと気が立ってて…凄く失礼なこと言っちゃったね」
「失礼だったのは私の方です…名前も知らないのに告白するなんて、失礼過ぎますから」
「普段ならあんな事言わないはずなんだけど…ホントにごめんね」
「…その代わり、まだ好きでいても良いですか?」
「…報われないよ?」
「…はい。いつか振り向いてくれるって信じてますから」
「どうして…そんなに俺なんかの事好きになってくれるの?」
「何ででしょうね…分かりません。でも、好きでいたい」
「…キミの名前は?」

単純に。
俺に好意を持ってくれているのに、俺が彼女の名前を知らずに無関心で居ることが失礼なんじゃないかと思っただけで、その他には一ミリの他意も無い。
だけど、名を尋ねられた彼女は一瞬目を見開いた後嬉しそうに頬を緩ませると、前のめり気味に伝える。

「私はイグニスです!南領の西側に住んでいます!」
「イグニス…覚えておくよ」

彼女―イグニスはそれを聞くと嬉しそうに顔を綻ばせ、深々とお辞儀をして駆けて行った。

彼女の背中を見送っていると後ろに気配を感じ、振り向くとオーディン様の使いの一人。
口元に黒子のあるフギンがいた。

「こんにちは」

今のやり取りを見ていたのだろうか。
フギンは、少し居た堪れなさそうな表情を浮かべ「オーディン様がお待ちですよ」と告げた。
一人で居るなんて珍しい。

「ムニンは?」

そう訊くと、フギンは少し間を空けて「さぁ。どこでしょう?」とおどけた様に言いながら首を傾げる。

「ずっと一緒に居るわけではありませんから」
「そう。双子だからいつも一緒なんだと思ってた。一人だとなんだか不思議な感じだね」

そう言うと、フギンは愛想笑いを浮かべて去って行った。

*****

オーディン様は、いつものように高座に座って本を読んでいた。
俺に気付くと、温かい微笑みをくれる。

「雀、待っておった」
「用事というのは…もしかして」
「察しが良いのォ。その通りじゃ」
「その娘は、もうここに?」
「おぉ…隣の別室に待たせておるんじゃが…」

ここで突然、オーディン様は言葉を濁し始めた。

「どうかなさいましたか?」
「ちと…想定外の事でのォ。ワシも最初は困り果てた」
「どういうことです?」
「それがのォ…雀。南領の当主は二人おるんじゃ」
「二人?」

オーディン様の言葉をそのまま鸚鵡返しすると、彼はゆっくりと困った表情を浮かべて頷いた。

「でも、力は」
「ワシもそれを心配しておったが、案外すんなり行くもんじゃのォ…割れよった」
「割れた?」
「力が二人に等しく分割された、と言うことじゃ」

”力”が割れるなんて聴いたことがない。
話を聴いてる分には、似ている力が二つあったという訳でもなさそうだし。

「もともとは一つじゃったんかもしれんのォ」

疑問符を浮かべる俺を見て、主は「会ってから説明した方が早いか」と、のんびり言うと、扉のそばに立っていたムニンに、隣の部屋の扉を開けるように言った。

扉が開かれると、中から少女の楽しそうな声が聞こえた。
しかしそれは、すぐに止む。
扉が開かれ、自分達が呼ばれていることに気付いたからだ。

ムニンがいつに無く優しい声色で「出番ですよ」と、こちらからはまだ姿の見えない少女に話しかける。
すると、中から元気の良い声で「はーい!」という返事が二つ重なって聴こえた。
あれ…この声…聞いたことが…

「すずめ!」
「久しぶり!」

俺の予想は当たっていた。
そこに居たのはバルドルさんの姪っこで、ホズルさんの娘。
元気一杯のヴェルとディルだったのだ。

ちなみに、二人を助けた日に呼ばれた食事の席で、
怖がりなツインテールのヴェルが双子の姉。
しっかり者でショートカットのディルが双子の妹であることが分かっている。
こっそりディルの方が姉だと思っていたのだが、それは外れてしまっていたのだった。

「二人が、南領の当主?」
「そう!」
「びっくりした?」
「うん。ビックリした」
「雀よ」

俺達の会話を遮るように、オーディン様が俺を呼んだ。

「バルドルから、二人とお前さんが知り合いであることは聞いておる」
「はい」
「この子達はまだ当主と呼ぶには幼すぎるかもしれんが、お前さんになら託せると敢えて成長を待つことなく力を授けた」
「この子達の力は?」

主は、意味深にフワリと微笑んで続ける。

「今それを説明しても、恐らくその力の意味が分からんじゃろう。ちと、他の力とは違って特殊な力なんじゃ。ウルドの”過去”の力とスクルドの”未来”の力が対になっておるように、彼女達の力は、西の女神に授ける予定の力と対になっておってのォ。今の時点では、この子達がこの魔術を使うことは無い。その代わりと言っては何じゃが、この子たちには”治癒”の力も与えた」
「はぁ…」
「この子達の家系は代々、人の傷を癒す力を持つ家系じゃ。ほれ、バルドルもホズルもそうであろう」

バルドルさんは知ってたけど、ホズルさんもそんな力を持ってたのか。

「彼女達の力に関しての詳しい説明は、また西の女神が現れたときにしようと思っておる。じゃが、ワシが今回お前さんに言いたい事がもう一つあってのォ。先ほども言うたが、二人はまだ小さい子供じゃ。ウルドやスクルドの様にただ護衛をするだけで良いと、お前さんは思うか」

オーディン様は、僕を試すような目で見つめてくる。
でも、否定の言葉を望んでいると分かる訊き方をする辺り、彼は本当に優しい人なんだと思う。

「…いえ…教育が必要なはずです。いくら幼いと言ったって、彼女達は貴方の跡継ぎで、この世界の主の一員となります。それに見合う柱になって貰わないと…」

そこまで言うと、オーディン様は満足そうに頷いた。

「流石じゃのォ。良く分かっておる。ならば、ワシの言いたい事も察しておるの?」
「彼女達の教育も俺に任せた、と」
「満点じゃ。立派な女神に育ててやってくれ」
「不安要素は多々ありますが…承りました」
「すずめ!今日から一緒に住むんでしょ!」
「おうち広いのー?」
「あぁ、海が見える家だよ」

そう言うと、双子はきゃあきゃあと楽しそうに笑いあっていた。
こうして、俺の母親兼父親兼護衛としての生活が始まったのである。



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