#15 希望の色

彼―朱日雀は、南神殿の裏手にある浜辺に立っていた。

「ホント、厄介だね…」

恋などしてはいけない。
思い通りの恋愛など一生することは出来ないのだから。
青春を謳歌することもなく、無残に散っていくしかない…
自分にはこの先どんな楽しみがあるというのだろうか。

物思いに耽っていると、袴の裾が潮風に靡く音と風の音、そして波の音に混じって可愛らしいソプラノが微かに聞こえた気がして。
振り返ると、寝かしつけたはずのヴェルとディルが南神殿から走ってきていた。
砂に足を取られながら一生懸命にこちらまで走ってきて、勢い良く俺の腰に抱きつく。

「二人とも…さっきまでうとうとしてたのにもう起きたの?」
「だって、すずめがいないから…」
「また、すずめが悲しい顔してるのかなって思ったの」
「…どうして?」
「だって…ね」
「ね」
「すずめのこと大好きだもん」
「わかっちゃうんだから!」

まるで鏡のように、二人がえっへんと威張る様に背筋を伸ばす。
ぼーっとしてないで、ここは褒めてあげるべき所だというのに、俺にはそれが出来なかった。
自分がどれほど愚か者であるか、今この瞬間この二人に気付かされたからだ。

母親でも父親でもない赤の他人なのに、この二人はこんなにも俺のことを信頼してくれている。
それなのに楽しみがないだなんて。

俺はこんなにも温かい日々を生きてるのに。

「すずめ…?」
「泣かないで?すずめ」
「どこか痛いの?」
「大丈夫だよ。どこも痛くない」

情けない顔も見せたくないしこれ以上心配をかけるまいと、二人に背を向ける。
上を向いて瞳に滲んだ水分が表に出てこない様に堪えていると、双子は俺の前に回りこんで、もう一度俺を見上げてきた。

泣きそうになってるのを見せないように後ろを向いたのに…

でも、もう涙の方は大丈夫そうだ。
ヴェルとディルの目線 に合わせる様にしゃがみこむ。

「すずめ、ホントに痛くない?」
「痛くない。心配かけてごめんね」

心の奥から沸き上がって生まれた、作り物なんかじゃ無い本物の笑みをにっこり浮かべると、二人も安心したのか太陽のような笑顔を見せた。

「すずめ、きょうのおやつなーに?」
「そうだな…何が良い?」
「すずめのすきなものがいい!」
「俺の好きなもの…か…」
「すずめはなにがすき?」
「俺は…ヴェルとディルが好き!だから、二人を食べちゃうぞ!」

冗談を言って二人を追い掛け回すと、ヴェルとディルも楽しそうに逃げ回った。

「つーかまーえた!」

二人を腕で抱えて持ち上げる。
きゃっきゃっと喜ぶその笑い声が、俺の心を満たして行く感覚。
これに気付いただけで、ほら、こんなにも見える景色が違う。

「じゃぁ、今日のおやつはドーナツにしよう。二人とも手伝ってね」
「うん!ドーナツすきー!」
「ディルもー!」

海と同じ瑠璃色の瞳が四つ、俺を映してきらめいた。

親として、二人を立派に育てよう。
それが俺の生きる意味なんだ。
本当の姿を見てくれてる二人の小さな娘のためになら、俺はきっとどんな事だって出来る。

未来へ共に歩みを進めてくれる希望の象徴を両腕に抱え絶望の海を泳いでいた日々に別れを告げると、世界を彩る鮮やかな色彩を漸くちゃんと目にする事が出来た気がする。
さて、ドーナツに必要な材料は何だったっけ?

角笛祝奏曲 第三章「希望の色」 完



Copyright © 2009 ハティ. All rights reserved.

inserted by FC2 system