#14 言えない事
「性癖か…」
自嘲的な笑みを浮かべ、重い腰を上げる。
「おい!雀!」
「ごめん。暫らく一人にしてくれない?頭冷やしたいんだ」
何処に行こうとしているのか自分にも分からない。
でも、こんな情けない顔を誰かに見られたく無くて…それなのに…
「駄目だ」
右手首を掴まれて振り返ると、自他共に認める親友の俺でも滅多に見た事の無い真剣な虎太郎の顔がそこにあった。
「今一人になったら余計に落ち込むだけだろ。それが分かっててお前を一人になんざ出来っかよ」
「離して」
「やだね」
「いい加減にしてよ!」
「そりゃこっちの台詞だ!確かに龍の言い方は最低だと思うし、俺もムカついた!でもな!今まではそれで良かったかもしれねーが、お前はこれから双子を抱えて生きて行かなきゃいけねーんだぞ!西に当主が来たら、俺は今までみたくお前の事ばかり気に掛けてる訳にもいかなくなる。しっかりしてくれよ…アイツ等は…双子はなぁ!お前の事本気で家族だと思って付いて来てんだ!父親代わりか母親代わりかなんて、ぶっちゃけどっちでも変わんねーんだよ!お前は双子の親なんだ!お前がそんなんじゃ、お前を慕ってる双子が不憫でならねーんだよ!」
「……………そんな事…俺が一番分かってるんだよ。双子が小さな体でどれ程俺の事を考えてくれてるか…俺が一番分かってるんだよ」
虎太郎は、いつの間にか掴んでいた俺の胸ぐらを静かに離した。
「龍は忘れてやるなんて言ってたけど、そんなの不可能だ。お前はハッキリと龍に真実を伝えた。それは、俺達が証明してやる。なぁ?武士?」
「そうだね」
「お前は確かに伝えた。だから、”龍に自分の問題を知って貰う”ってノルマは達成されてんだ。”認めて貰う”のは、武士の言う通り、長い時間掛けていけばいいんじゃねーのか?」
頬を生暖かいものが伝う。
この前は気付かぬ振りをしててくれたというのに、今日の虎太郎は目を逸らしてはくれなかった。
「俺は、どんな問題を抱えてようとお前を見捨てたりしない。それだけじゃ駄目か?」
否定の意を込めて頭を振る。
「駄目じゃない」
嗚咽を堪えたせいで拗ねた様な言い方になってしまったが、虎太郎は寸分の違いなく俺の気持ちを汲んでくれたようだ。
満足気に微笑んで俺の頭を軽くぽんぽんと撫でた彼の手は、いつもの日向ぼっこの賜物なのか、とても温かく感じた。
「俺より背低い癖に…生意気」
「今身長は関係ねーだろ!」
言い包められた様な感じが少し癪に触ったので憎まれ口を叩くと、そこにはいつも通りの俺達。
違うのは、俺の目が少し腫れている事くらいだ。
*****
目が腫れているのを双子に見せたくないから泣いた事が分からなくなるまで帰りたくない、という俺の我が儘にも、虎太郎は文句を垂れながら付き合ってくれていた。
ヴァルハラの玄関前にある階段に座って、何を喋るでもなくぼーっとしていたら、今思いついたんだけどよ…と前置きして虎太郎は言った。
「お前さ…龍の事好きだったりする?」
「…………は?」
「だってさ…心が女って事はさ。やっぱ好きになるのは男なんじゃねーの?」
「ノーコメント」
「けちー」
確かに、俺の”そういう対象”は男だ。
でも、一生誰も巻き込まないと決めているから、この事実は墓場まで持って行くつもり。
勿論、虎太郎にだって言わない。
「でも散々怒られてんのに、何でよりによって龍矢だと思うわけ?」
「勘!」
根拠も無く言い切るその姿には脱力する他ないが、内心は冷や汗ものだ。
それもその筈。
虎太郎は勘の冴える男なのだから。
この話を長引かせれば、いつか正解に辿り着かれてしまうかもしれない。
…いや。果たしてそうだろうか。
自分の事には”超”が付く程鈍感な虎太郎が、正解に辿り着くなんて事があるのだろうか。
「ところで、今日の夕飯なんだけどさ…ホズルさんがアンタも誘っておいでって言ってくれてるんだけど、どうする?」
「お!マジで!行く行く!」
ご飯の話になると今まで話していた事も忘れて目を輝かせるその単純さも、虎太郎の良い所の一つだと俺は思ってるんだよ。
こればっかりは、アンタに迷惑かけたくないからさ。
例え親友でも知られる訳にはいかないんだ。
だから、アンタはずっとそのまま鈍感でいなよ…虎太郎。
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