#02 知らなかった世界

―翌日―

「ミーミル!」
いつものように泉の畔で動物達と戯れているミーミルを見つけ駆け寄る。
「ウルドさん!」
ミーミルの表情が一段と明るくなった。
しかし、私の後方からゆっくりと近づいてくる龍矢さんの姿を視界に収めて、不思議そうに首をかしげる。

「ウルドさん…この方は…?」
ミーミルの問いに、龍矢さん自身が口を開いた。
「青神龍矢と申す」
「み…ミーミルです!よろしくお願いします」
「うむ」

龍矢さんに初めて会ったとき、私は何だかとてつもなく強大な敵を目の当たりにした様な錯覚に陥ったのだけど、
どうやらそれは私だけでは無いらしい。
ミーミルの反応も、まさにそんな感じだった。

「ところで…ウルドさん」
龍矢さんに圧倒させられていたミーミルは、ふと我に返るとしかめっ面で私をキッと睨みつけた。
「昨日、何処に居たんですか?」
私は昨日、ミーミルを驚かせるために、彼には内緒で神託を受けに行った。
私に関して、驚く程の執着を見せる彼には、一日連絡が取れないということは大問題らしい。
相変わらずの執着ぶりに、思わず小さな溜息を吐いてしまった。
すぐに気付いて、ミーミルの顔色を伺ったけど何も気付いていないみたい。
わざと明るい声を出すように努める。

「私ね…神様になったの!」
「神託を受けてたんですか?」
「うん!ビックリさせようと思って」

そう伝えると、ミーミルは「僕に言ってくれれば付いていったのに」と言って苦笑した。
「ビックリさせようと思ったから」
「それで、どんな魔術を貰ったんですか?」
「それが…思ってたのとちょっと違う状況だったのよ…」
「どういう事ですか?」

ミーミルは、当然首を傾げる。
「オーディン様の子供が本来持つべき力を貰ったみたいなの…」
「それって…何だかオーディン様の後継者になったみたいですね…」
「”みたい”ではない。血こそ繋がっていないが、正式にウルドはオーディン殿の後継者となった」

ミーミルの様子から、彼が正確に理解できていないことを悟った龍矢さんが、簡潔に説明をいれた。
「それって…すごいことじゃないですか!」
「どうやらそうみたい…あ!とは言っても、私一人だけじゃないんだけどね」

今までほぼ毎日一緒に居た人物が、いきなり神界の主の後継者になった。
自分で言うのも憚れるが、とんでもない大出世である。
ミーミルは眩暈を抑えるかのように、右手を額に当てていた。

「どんな力だったんですか?」
「『過去を見る力』なんだって。でもあんまり使わないようにって言われちゃった」
「僕の力とは格が違いますね…」

僕は雑魚キャラだ…と呟きながら、彼は苦笑を浮かべる。
「何言ってるのよ。ミーミルの力は素敵な力よ」
本心からそう思っていた。
動物好きな私は、いつも山羊やリスと仲睦まじく暮らしているミーミルが羨ましくて仕方が無かった。
だから、最初は『過去を見る力』を授かると聞いたとき、正直な所ガッカリしていたのだ。
後に、オーディンの後継者という事を聞かされ、そんなバチ当たりなことを考えてはいけないと思い直したけれど…

「さっきから気になってたんですけど…」
「なに?」
「青神さんは…何者なんですか?」
「私の……護衛…の人?」
「護衛………ですか」
「私もそういえば……詳しくは聞いてないな……」
「我輩はヴァンだ」
「ヴァン………って?」

ミーミルの問いに、龍矢さんは目を見開く。
「ヴァナヘイムを知らぬのか?」
ミーミルは私に目を合わせる。
『ウルドさんは知っていますか?』と聞きたいんだろう。
しかし、私にも聞き覚えの無い単語だった。
そして、私達は二人同時に首を横に振った。
龍矢さんは、ため息を一つこぼした。

「神界は二つある。ここは、お前達のようなアース神族が住むアースガルドと呼ばれ通称『第一の神界』とも言う。
そして我輩の故郷ヴァナヘイムは『第二の神界』と呼ばれ、ヴァンと呼ばれる神々が住む」
「ヴァナヘイムはどこにあるんですか?」
「アースガルドとヴァナヘイムの位置関係は、地球と月の関係と酷似している」
「どうしてヴァンがアースガルドに?」
「アースに比べ、ヴァンは戦闘能力に長けている。
オーディン殿の命により、四人のヴァンがアースガルドに移住して女神たちの護衛をしているのだ。
尤も、四人の女神のうち、神託を受けているのはウルドだけであるが」
「他の女神達は?」
「まだ見つかっていない」
「青神さんはどんな力を持ってるの?」
「我輩は、青龍の家系に生まれた。したがって、雷の力を持つ」
「青龍?」
「……まだ、見せていなかったか」

そういうと、龍矢さんはおもむろに泉へと足を進める。
「龍矢さん!?」
突然の龍矢さんの行動にあわてる私達。
膝くらいまで水に浸かったところで、彼は足を止めた。
すると突然、彼の体が光り、その光は大きくなっていく。
そして、その光が薄らいでいくと、私達の目の前にいたのは―
恐ろしい顔をした”龍”であった。

「これが我輩のもう一つの姿だ」
恐怖とも何ともいえない感情で、口が動かなかった。
正体が龍矢さんと分かっていても全身が震えだすほど、その姿は凄まじかった。
龍が今目の前に居て、生きているのだと、生暖かい呼吸が顔を撫でる度に思い知らされた。

「どっちの龍矢さんが本当なんですか?」
勇気を振り絞り尋ねる。
「”青龍”と”龍矢”…どちらも真の姿だ」
彼は、そう告げると再度光に包まれ、元の”龍矢さん”の姿に戻った。
袴の裾が湖に揺られて歩き難そうにしながら此方へ戻ってきた。

「…驚かせたか?」
腕組をして威厳たっぷりに言っているが、その表情は何故か寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
もしかしたら、龍の姿を見せて怯えられるのが怖かったのかもしれない。
彼だって、心を持った一柱の神様なんだ。

「いえ……大丈夫……です」
私の返事に同調するように、ミーミルも何度も首を縦に振った。
「そうか……では、もうあたりも暗くなってきた。帰るぞウルド」
龍矢さんは、ほんの一瞬だけホッとしたような表情を浮かべた気がする。
やっぱり、怯えられることを気にしていたのだろうか。

未だ龍の姿を見て放心しているミーミルに別れを告げて、二人で家路を辿る。
二人の間には息苦しい沈黙が続いていた。
この先この人と暮らしていけるだろうか。

「……怖くなったか?」
沈黙を破ったのは意外にも龍矢さんの方だった。
「”龍”の…ことですか?」
「ああ」
「…最初は怖かったですけど…どっちも龍矢さんでしょ?」
「ああ」
「じゃぁ、今は怖くないです」
「…そうか」

そしてまた二人は沈黙に包まれた。
考えて見れば、私は今までミーミルと二人だけの狭い世界に居た。
こうして龍矢さんが来てくれた事で、私の視野が広がるかもしれない。
現に、私は外の世界の事を知らなかった。
龍矢さんは、彼自身の個性も然ることながら、異界の人という点においても、私にとっては新鮮なのだ。
これからどんな未来が待っているのだろう。
無愛想な龍矢さんと嫉妬深いミーミル、そして新鮮な空気にワクワクしてる私。

新しい物語は、まだ始まったばかり。



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