#01 幕開け

第一神界アースガルド。
この世で最も偉大な神、オーディンが君臨する世界である。
オーディンが統治するこの世界が、彼の一身上の都合で4つの領土に分けられたのは最近の事。
彼は、単純に東西南北に方角だけで等分したのだが、大した争いが無かったのは、元々全ての土地がオーディンのものであるからだろう。
自分の庭を区切った所で、誰も怒りはしまい。

そして”彼女”はというと、東の領土の片隅でひっそりと暮らしていた。
神の世界では15歳を過ぎた頃には親元を離れる風習があるのだが、彼女は現在18歳。
独り立ちして、もう3年は経っていることになる。
彼女の名は「ウルド」。
この頃はまだ、動物をこよなく愛する心優しい乙女であった。

彼女の住む小屋は、両親が独り立ちする娘のために用意したものだ。
木の温もりに溢れていて、彼らの人柄が伺える。
近くには、森の動物達の憩いの場となっている泉があって、彼女はもっぱらそこに向かうのが日課であった。
空にまで届きそうな木々がぐるりと周りを取り囲み、木漏れ日がとても気持ちいい。
そんな泉の畔には、ミーミルという少年が住んでいる。
彼には、すでに神様としての力が与えられていた。
つまり、オーディンによる「神託の儀」が済まされているということである。
彼の力は生きているものであれば、例え、自らと異なる言語を操る者であっても通じ合う事が出来るという素晴らしい力で、動物好きのウルドは彼のこの力をとても気に入っていたし、彼自身も泉に集う動物達の言葉を、彼女のために仲介してやれる事にささやかな幸せを感じていた。

実はこのミーミルという少年は、酷く不憫な人生を歩んできている。
ミーミルの母親は、生まれたばかりの彼を捨てて、夫とは別の男と駆け落ちし、その最中に事故に遭って他界したのだった。
一方の父親も妻が死んだ悲しさと、裏切られたことへの喪失感から未だに抜け出せず、育児放棄。
酒に溺れては、魂の抜けた亡骸のように呆然とする日々を送っている。
どういう事故で母親が死んだのか、父親が詳細を息子に語ることは今まで一度も無かったけれど、自分が”愛されて生まれてきたわけではない”という事くらいは分かっているよ。
そう言い放った、幼いミーミルの自嘲した表情があまりにも哀れで、ウルドは姉代わりとして彼を支えることにしたのだった。
時には勉学を教え、時には自然との触れ合いに目を向けさせて。
そうした、ウルドの必死の甲斐あって、ミーミルはかろうじて道を踏み外す事無く、真っ直ぐに歩いて来る事が出来た。
彼にとって、暗闇の外から手を差し伸べてくれたウルドは、姉代わり以上の、正に神様のような存在。
両親から貰えなかった愛をくれる、かけがえのない存在だったのだ。

そんなウルドにも、18歳にしてようやく神託の儀を受ける日が来た。
おおよその子供達は独り立ちと同時に神託の儀に呼ばれるため、彼女の場合は平均より少し遅めである。
ミーミルのような、日々の暮らしを豊かにしてくれるような力を授かれれば、と期待していた彼女であったが、オーディンが彼女に授けたのは過去を透視する力だった。
期待していたような力では無くて落ち込んでいると、追い討ちをかけるように、むやみに魔術を使って過去を見ようとすれば、自らの破滅をも生みかねないぞ、と脅される。
これで終わりかと思えば、さらに、子の居ないオーディンの後継者の1人となり、東の当主として領土を治めるように命じられる始末。
次々に降り掛かるオーディンの命令は、今までの彼女の生活を一変させるものばかり。
彼女は事態の把握に手を焼いた。
しかし、相手はこの世を統べる王である。
拒否も出来ぬまま、あれよあれよという間に居住先まで指定され、そして…
彼女は、ある意味で「運命の人」とも呼ぶべき人物と出会うのであった。
その人物こそが、ウルドの護衛として第二神界からやって来た、青神龍矢なのである。



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